北海道旭川市が誇る「旭川醤油ラーメン」は、濃厚でありながらも繊細な醤油スープと独特の中太ちぢれ麺が特徴の名物料理です。札幌の味噌、函館の塩と並ぶ北海道三大ラーメンの一角を担う旭川ラーメンは、その深い味わいと食べ応えで全国のラーメン通を魅了し続けています。厳しい冬の寒さを乗り切るための栄養満点の一杯として発展してきた旭川ラーメンの世界を、今回は徹底的に掘り下げていきましょう。
この記事のもくじ
旭川ラーメンの歴史と起源

戦後の屋台から始まった伝説
旭川ラーメンの歴史は、1947年頃に遡ります。戦後間もない時期、中国からの引揚者が旭川の地で屋台を開いたことが始まりとされています。当時は寒冷地でも経営できる食べ物として、温かいラーメンが適していました。
昭和30年代の革新
特に昭川ラーメンの基礎を築いたのは、1950年代後半から60年代にかけての名店の創業者たちです。「青葉」や「蜂屋」といった老舗店が次々と誕生し、旭川独自のスタイルが確立されていきました。
ラーメン激戦区への発展
1980年代から90年代にかけて、旭川ラーメンは全国的に知名度が上昇。「旭山動物園」の人気復活と相まって観光客を惹きつける重要な要素となり、現在では「ラーメン村」の設立など、旭川の重要な食文化として確固たる地位を築いています。
山頭火の誕生
「らーめん山頭火」は1988年に旭川で創業されました。塩味のみを提供する独自スタイルで始まり、テレビや雑誌で注目され全国区へと成長しました。名物の「とろ肉チャーシュー」は豚頬肉を使用した柔らかいチャーシューとして人気です

北の厳しい気候が育んだ味
年間平均気温が7℃程度と冷涼な旭川の気候は、体を温め、栄養価の高いスープを追求する文化を生み出しました。また、ラードを使用してスープが冷めにくい工夫がされています。この背景から、寒さに耐える栄養価の高い一杯として進化しました地元の食材を活かし、寒さに負けない「ガッツリ系」の一杯として進化してきた背景があります。
旭川ラーメンの基本的な特徴

スープの特徴:動物系と魚介系の奥深いハーモニー
旭川ラーメンのスープの最大の特徴は、豚骨や鶏ガラなどの動物系と、煮干しやサバ節などの魚介系をバランスよく配合した「W(ダブル)スープ」にあります。
- 煮込み時間: 動物系のスープは10時間以上かけてじっくりと炊き上げるのが一般的が、店によって異なる。例えば「蜂屋」では豚骨を冷水で冷やして余分な油を取り除く工程もあ流。
- 醤油ダレ: 各店秘伝の醤油ダレを加えることでコクと旨味を増強
- 脂の浮く美しさ: 冷えた空気にあたるとスープの表面に脂が白く浮き、見た目にも美しい「ラードによる油膜形成」と呼ばれる現象が起こる
Wスープの進化
近年では、魚介系スープに煮干しやアジ干しなど特定の素材を強調する店も増えており、さらに奥深い味わいが追求されています
ラードの役割
ラードは単に冷めにくくするだけでなく、香ばしい風味を加える役割もあります。特に「蜂屋」の焦がしラードは独特で、「クセになる」と評される特徴的な味わいです
麺との相性
旭川ラーメンには低加水率の中細縮れ麺が使われることが多く、スープとの絡みが良い点が魅力です。この麺文化を支えているのは「加藤ラーメン」など地元製麺所の技術です
地域性による特徴
旭川市は養豚業や醤油醸造業が盛んであり、また物流拠点として海産物も豊富に手に入ったため、動物系と魚介系を組み合わせたダブルスープが生まれました。この地域性が旭川ラーメン独自のスタイルを形成しています
麺の特徴:中太のちぢれ麺

旭川ラーメンの麺は、他の地域とは一線を画す独特な特徴を持っています。
- 太さ: 中太〜太麺が主流で、食べ応えがある
- 波型: はっきりとした波型(ちぢれ)が特徴で、スープとの絡みを良くする
- 加水率: やや低めの加水率(約33%前後)で、コシの強さを実現
- かん水: 特有の黄色い色と独特の香りを出す「かん水」の配合も重要な要素
麺の加水率について
旭川ラーメンの麺は、加水率が25%〜30%と低い「低加水麺」が主流です。この特徴により、以下のような性質が生まれています。
- 硬めの食感と歯ごたえ:低加水麺は水分が少ないため、硬めでしっかりとした歯ごたえがあります。
- スープとの相性:スープを吸収しやすく、絡みが良いため、麺とスープの一体感が楽しめます。
- 小麦粉の香り:加水率が低いことで、小麦粉本来の香りを強く感じられる仕上がりになります。
- 欠点:スープを吸収しやすい反面、麺が伸びやすいという短所もあります。
旭川ラーメンの基礎を築いた「加藤ラーメン」は、創業当初からこの低加水麺にこだわり続けており、その品質管理には職人技が活かされています
近年のバリエーション
旭川ラーメンは伝統的な醤油味だけでなく、多様なバリエーションが登場しています。
- 煮干し系ラーメン:魚介の風味を前面に押し出した煮干しベースのスープが人気を集めています。
- ホルモンラーメン:ホルモンをトッピングしたスタイルも注目されており、スタミナ系として好評です。
- 野菜ラーメン:地元産の野菜をふんだんに使ったヘルシー志向のメニューも増えています。
これらのバリエーションは、観光客や地元住民に新しい魅力を提供しつつ、旭川ラーメンの伝統を守りながら進化しています。
特徴的なトッピング
旭川ラーメンには、特有のトッピングがいくつかあります。
- チャーシュー: 豚バラ肉を使用したチャーシュー
- メンマ: 独特の歯ごたえとしっかりとした味付け
- ネギ: 刻んだ白ネギが爽やかさを演出
- もやし: しゃきしゃきとした食感を提供(特に味噌ラーメンでよく使われる)
- バター: 寒冷地ならではのトッピングとして、スープに溶け込むバターを追加するスタイルも。ほうれん草やコーンとの組み合わせで提供されることも多く、これらを加えることでさらに風味豊かな一杯になります
他にも、味玉や味玉や生卵なども人気トッピングとして挙げられます。また、一部店舗ではホルモンや餃子などボリューム系トッピングも提供されています。
提供方法の特徴
- 丼の選び: 深めの丼を使用することが多い
- 脂の演出: 冬場は店内でも外気に近い低温環境で提供し、脂が白く浮く状態で味わうことをおすすめする店も
- 温度調整: スープの温度は高めに保ち、寒い地域でも最後まで温かく食べられるよう工夫されている
地元での食べ方

旭川市民の定番の楽しみ方
- 朝ラー文化: 早朝から営業する店も多く、朝食として食べる文化があります。「こぐまん」や「なばりゅう」など早朝営業する店舗が旭川には複数存在し、この文化を支えています
- 脂の調整: 寒い時期はあえて「多め」、夏場は「少なめ」と季節によって脂の量を調整するのが地元流。冬場に脂多めで濃厚なスープが好まれる背景には、寒冷地特有の気候があります。また、ラードによる油膜形成でスープが冷めにくい工夫がされています。
- 温度感: 地元民は「アツアツ」の状態で一気に食べるスタイルを好む傾向があります。旭川ラーメンでは深めの丼と熱々スープが基本であり、この工夫によって寒冷地でも最後まで温かく食べられるようになっています
特別なオーダー方法
- 脂の量指定: 「脂多め」「脂少なめ」などスープの脂の量を調整できる
季節による違い
- 冬: 脂多めでしっかりとした味わいを好む傾向
- 春秋: 期間限定の山菜やキノコを使った季節のラーメンを提供する店も。例えば、「麺や虎鉄 大町店」では沼田町産完熟トマトを使った「赤い塩らーめん」が提供され、「北海道ラーメン紀行」では季節限定で山菜やキノコを使用したラーメンが提供されることがあります。
旭川ラーメンの名店紹介
梅光軒(ばいこうけん)

創業1969年の老舗中の老舗。旭川ラーメンのスタンダードを確立した名店の一つです。
- 特徴: 透明度の高い醤油スープと芳醇な香り
- 人気の秘密: 長年変わらぬ味と、一杯一杯丁寧に作る姿勢
- おすすめメニュー: 正油ラーメン(王道の一杯)
梅光軒は国内外にも店舗展開しており、旭川以外でも楽しめる一大チェーンとなっています。例えば、新千歳空港や横浜などにも店舗があります。メニューには味噌や塩もあり、幅広い味わいを提供しています。
蜂屋(はちや)

1947年創業の旭川ラーメン界の重鎮。多くの名店の師匠格とも言われる存在です。
- 特徴: 濃厚な醤油味と中細縮れ麺が特徴
- 人気の秘密: 昔ながらの製法と変わらぬ美味しさ
- おすすめメニュー: 特製ラーメン(トッピング豊富な贅沢な一杯)
蜂屋は「蜂蜜」を由来とする名前で、創業時はアイスクリーム店からスタートしました。その後、独学でラーメンを開発し、現在の人気店へと成長しました。
焦がしラードの独特な風味は「クセになる」と評されることが多く、一部では苦手な人もいるため好みが分かれる点もあります。
らーめん青葉(あおば)

現在の旭川ラーメンブームの火付け役とも言われる名店です。
- 特徴: 魚介と豚骨のバランスが絶妙なWスープ
- 人気の秘密: あっさりとしながらもコクのある味わい
- おすすめメニュー: 醤油ラーメン(洗練された一杯)
青葉は無化調スープを採用しており、12種類もの素材を使用して作られるスープが特徴です。これにより複雑ながらも澄んだ味わいを実現しています。
店内は小規模で混雑することが多く、訪問時には時間に余裕を持つことがおすすめです。

自宅で楽しむ旭川ラーメン
本格的な味を再現するコツ
- スープづくりのポイント:
- 豚骨と鶏ガラを4:6の割合で使用
- 魚介系は煮干し、サバ節、昆布をバランスよく
- 最低6時間は煮込み、アクをしっかり取り除く
- 醤油だれの作り方:
- 濃口醤油をベースに、みりん、酒、砂糖を加える
- にんにく、生姜をすりおろして風味付け
- 一晩寝かせることで味がなじむ
- 麺選びのポイント:
- 中細縮れ麺を選ぶ
- ゆで時間は表示より10秒短めに
必要な材料と代用品
必須材料:
- 豚骨、鶏ガラ(代用:鶏がらスープの素+豚バラ肉で簡易的に再現可能)
- 煮干し、かつお節(代用:顆粒だしの素)
- 濃口醤油(代用不可:質の良い醤油を使用すべき)
- 中太ちぢれ麺(代用:北海道ラーメン用の市販麺)
短時間で作れる旭川ラーメンのレシピ
以下は短時間で作れる旭川ラーメンのレシピ例です。
短時間で作れる旭川ラーメンレシピ
材料(2人分)
- スープ:
- 水: 1L
- 鶏ガラスープの素: 1パック
- 魚介系出汁(顆粒だしの素): 1パック
- 豚バラ肉(薄切り): 100g
- 醤油ダレ:
- 濃口醤油: 大さじ2
- みりん: 大さじ1
- 酒: 大さじ1
- 砂糖: 小さじ1
- 麺:
- 市販の旭川ラーメン用麺: 2玉
- トッピング:
- メンマ: 1本
- 長ねぎ: 適量
- チャーシュー(市販品): 適量
作り方
- スープ作り
- 鍋に水を入れ、鶏ガラスープの素と魚介系出汁を加えて中火で煮ます。
- 豚バラ肉を加え、約10分煮込んでスープを完成させます。
- 醤油ダレ作り
- 醤油、みりん、酒、砂糖を混ぜて醤油ダレを作ります。
- 麺の茹で
- 麺を約1分30秒茹で、湯切りします。
- 完成
- スープに醤油ダレを加え、麺を入れてトッピングを飾ります。
このレシピは短時間で作れる一方で、業務用スープパックや市販品を活用することで手軽に旭川ラーメンの味わいを再現できます。
アレンジアイデア
- 旭川式つけ麺:
- スープを濃縮タイプで用意し、つけ麺スタイルで楽しむ
- 旭川冷やし中華:
- 醤油ダレをベースにした特製タレで冷やし中華風に
- 旭川風カレーラーメン:
- 醤油スープにカレー粉を加え、バターをトッピングした北海道ならではの一品
- 旭川風まぜそば:
- スープを使わず、醤油ダレと豚脂で和えた混ぜそばスタイル

旭川ラーメンにまつわる豆知識
あまり知られていない事実
- 旭川ラーメンと温度の関係: -30℃を下回ることもある旭川の厳冬期には、店から持ち帰る際にスープが凍ってしまうこともあるほど
- 製麺所の密度: 旭川市内には人口比で見ると非常に多くの製麺所があり、各店舗が独自の麺を開発している
- 観光資源としての価値: 旭川ラーメンを目的に訪れる観光客が年間数万人にも上る
旭川の製麺所について
製麺所数や観光客数についての具体例
製麺所の密度と役割
旭川市内には複数の製麺所が存在し、特に「加藤ラーメン」「須藤製麺工場」「藤原製麺」などが旭川ラーメン文化を支えています。以下は具体例です:
加藤ラーメン
- 創業: 1947年(昭和22年)
- 特徴: 低加水率の麺を製造し、旭川ラーメンの特徴であるスープとの絡みを良くする麺を提供。創業者の加藤熊彦は「蜂屋」の創業者である加藤枝直の兄であり、旭川ラーメン黎明期に大きな影響を与えました。
須藤製麺工場
- 創業: 1948年(昭和23年)
- 特徴: 当初はうどんや蕎麦を製造していたが、1953年頃からラーメン製造を開始。現在もラーメン専業ではないものの、旭川市内の店舗に麺を供給しています。
藤原製麺
- 創業: 1948年(昭和23年)
- 特徴: 永谷園グループに属し、乾麺やラーメン専用麺を提供。全国的にも流通しており、旭川ラーメン文化の拡大に貢献しています
現在、旭川市内のラーメン店の約8割が製麺所から仕入れた麺を使用しており、主要な製麺所上位5社でシェアの約74.4%を占めています。
観光資源としての価値
旭川ラーメンは観光資源としても重要な役割を果たしています。
あさひかわラーメン村
- 開業: 1996年(平成8年)
- 概要: 地元旭川の人気ラーメン店8軒が集結した施設。年間来場者数は約50万人で、そのうち約2割が外国人観光客です。
- 特徴: ミニサイズのラーメンで食べ比べが可能。土産物店や「あさひかわラーメン村神社」なども併設されており、観光客に人気です。
旭山動物園との相乗効果
- 旭山動物園から近い立地により、大型バスで訪れる団体客が多く、観光ルートとして組み込まれることが一般的です。
地域全体への影響
- 旭川市内では年間数万人規模の観光客がラーメン目的で訪れており、市内外への経済効果も大きいとされています。
面白いエピソード
- チャッチャッ論争: スープの表面に浮かぶ白い脂「チャッチャッ」は、かつては「汚い」とされていたが、現在では旭川ラーメンの価値ある特徴として認識されるようになった
- 名店の後継者問題: 伝統の味を守るため、弟子入り修行は最低5年以上を要する店もある
他の北海道ラーメンとの比較
特徴 | 旭川(醤油) | 札幌(味噌) | 函館(塩) |
---|---|---|---|
スープ | W(ダブル)スープ | 味噌をベースとした濃厚スープ | 透明度の高い塩スープ |
麺の特徴 | 中細ちぢれ麺 | 太めのちぢれ麺 | 細めのストレート麺 |
特徴的な具材 | チャーシュー、メンマ | バター、コーン、もやし | イカ、ネギ、ナルト |
脂の使い方 | 表面に浮かせる | スープに溶け込ませる | 控えめに使用 |
まとめ:旭川ラーメンの奥深い魅力
旭川醤油ラーメンは、北海道の厳しい気候が育んだ奥深い味わいと、職人たちの情熱によって進化を続ける日本が誇る食文化です。豚骨と魚介のWスープに、中太ちぢれ麺というその独特のスタイルは、寒い冬の夜でも身体を温め、心を満たしてくれる最高の一杯を生み出しています。
本場の味を最も楽しめるのは現地で食べることですが、各地の通販サイトでは本格的な旭川ラーメンを取り寄せることもできます。また、この記事でご紹介したレシピを参考に、ご自宅でもアレンジを楽しんでみてはいかがでしょうか。
旭川ラーメンの豊かな歴史と奥深い味わいを知れば、次に北海道を訪れた際には、ぜひとも本場の名店を巡る旅をしたくなるはずです。札幌の味噌、函館の塩と並ぶ北海道三大ラーメンの一角、旭川醤油ラーメンの世界をぜひ体験してみてください。