はじめに
青森県の津軽地方で愛される「津軽ラーメン」。澄み切った醤油スープから煮干しの粉が舞う濃厚なスープまで、その奥深い魅力に惹かれるラーメン通が全国から後を絶ちません。津軽地方特有の気候と食文化によって育まれた津軽ラーメンは、「煮干しラーメン」の代名詞として、今や日本全国で親しまれています。
そのシンプルな見た目の中に詰まった深い味わいと歴史を紐解きながら、津軽ラーメンの真髄に迫ります。初めて津軽ラーメンに触れる方も、すでに虜になっている方も、この記事を通して新たな魅力を発見できることでしょう。
歴史と起源

古くから紡がれてきた津軽の麺文化
津軽ラーメンの歴史は非常に古く、明治時代末期にまで遡るとされています。実は、日本で最初のラーメン店は1910年(明治43年)に東京・浅草に開店した「来々軒」と言われていますが、青森県の麺文化もほぼ同時期から始まっていたのです。
津軽地方では古くから「津軽そば」という郷土料理が親しまれていました。津軽ラーメンのルーツは、この津軽そばにあると考えられています。明治35年創業の蕎麦屋「入〆(いりしめ)」では、昭和10年頃には支那そばが人気メニューだったという記録が残っています。また、明治30年創業の「柿崎」という蕎麦屋の資料からも、昭和20年頃には中華そばを提供していたことが確認されています。
焼き干し文化からラーメンへ

津軽地方の特徴的な食文化として、陸奥湾で獲れるイワシの「焼き干し」を出汁に使う習慣がありました。この焼き干しは当初、津軽そばの出汁として使われていましたが、次第に中華そばにも応用されるようになったのです。
津軽そばは製造に手間がかかるため、時代とともに製造が比較的簡単なラーメンへとシフトしていったという説もあります。津軽そばの店が中華そばを提供するようになり、やがて「津軽ラーメン」という独自の進化を遂げたのです。
現代における再評価

津軽ラーメンが全国的に知られるようになったのは比較的最近のことです。「長尾中華そば」が約20年前に東京・池袋に店舗を出したことをきっかけに、「煮干しラーメン=青森のラーメン」という認識が広まりました。それ以降、煮干しラーメンブームが全国に広がり、「ニボラー」(煮干しラーメン愛好家)という言葉も生まれるほどの人気となりました。
現在、青森市内には100軒以上のラーメン店があり、そのうち8~9割が煮干しラーメンを提供しています。津軽ラーメンは地元の人々に愛されるソウルフードであるとともに、ラーメン通から高く評価される全国区の人気メニューへと成長しました。
基本的な特徴の詳細解説
スープの特徴

津軽ラーメンの最大の特徴は、煮干しや焼き干しを使った和風ダシのスープです。大きく分けると以下の2種類のスタイルがあります:
- 王道系(あっさり系):すっきりとした澄んだ醤油味のスープ。煮干しの風味が上品に香ります。平館産イワシの焼き干しを使用し、頭と内臓を取ってから焼くため、苦みや雑味が少ないのが特徴です。鶏ガラや豚骨などとも合わせて作られることが多く、バランスの良い味わいが人気です。
- 濃厚煮干し系:濃厚で重厚なスープが特徴で、煮干しの風味が強く前面に出ています。複数種類の煮干しをブレンドして作られ、スープが濁るほど煮干しの粉が舞っていることもあります。豚骨や鶏ガラを煮出した白湯(パイタン)と合わせることで、奥深い味わいを生み出しています。

煮干しは種類によって風味が異なるため、ヒラコ(カタクチイワシの一種)、カタクチイワシ、平館産イワシなど数種類をブレンドして使用するのが一般的です。プロの職人はそれらを絶妙にブレンドして、独自の味わいを追求しています。
麺の特徴
津軽ラーメンの麺も多様で、店によって様々な種類が使われています:
- 細縮れ麺:王道系の津軽ラーメンによく合う、すっきりとしたスープによく絡む麺
- 中太麺:濃厚なスープに負けない食べ応えのある麺
- 手打ち麺:津軽地方では意外と多い手打ち麺の店。独特の食感が楽しめます
- 無かんすい麺:小麦の風味を活かした優しい味わいの麺
また、青森県産の小麦を使った自家製麺にこだわる店も多く、地元の風土を活かした麺作りが行われています。
トッピングの特徴
津軽ラーメンのトッピングはシンプルなものが基本です:
- チャーシュー(比較的薄切りのものが多い)
- メンマ
- ネギ(白ネギが中心)
- ナルト
- 海苔(店によっては省略)
このシンプルな構成によって、煮干しの風味を主役とするスープの味わいを邪魔しないようになっています。
提供方法の特徴

津軽ラーメンは地域によって提供方法や食べられ方にも特徴があります:
- 青森市内のラーメン店では朝8時頃から営業している店も多く、朝ラーメンの文化が根付いています
- 弘前市を中心とした地域では、より濃厚な煮干しラーメンが好まれる傾向があります
- 一部の店では「にぼろ」と呼ばれる煮干しのそぼろをライスにかけて食べるサービスを提供しています
地元での食べ方
朝ラーメン文化

津軽地方、特に青森市には「朝ラーメン」の文化があります。「くどうラーメン」をはじめとする人気店では朝8時から営業しており、朝食として津軽ラーメンを楽しむ地元の人々が多く見られます。
朝の冷え込みが厳しい津軽の地では、熱々の煮干しスープが身体を温め、一日の活力を与えてくれます。また、一部の店では朝限定で「ライスと煮干しのそぼろ(にぼろ)」が食べ放題というサービスもあり、朝のエネルギー補給として地元民に愛されています。
濃さの調整
煮干しの風味の強さには好みがあるため、多くの店では濃さを調整することができます:
- あっさり:煮干しの風味を控えめにした、初心者でも食べやすい味わい
- 普通:標準的な煮干しの風味
- 濃い目:煮干しの風味をしっかりと感じたいニボラー向け
特に「たかはし中華そば店」のような濃厚煮干し系の店では、「濃い目」を注文することで煮干しの風味を存分に楽しむことができます。
地元ならではの楽しみ方

地元の人々は津軽ラーメンを単なる一食としてだけでなく、さまざまな形で楽しんでいます:
- にぼろライス:煮干しのそぼろをライスにかけて食べる独特の食べ方
- 焼きおにぎりの浮かぶラーメン:一部の店では焼きおにぎりがスープに浮かんでいるスタイルで提供され、お茶漬けのように楽しみます
- 季節による変化:夏は冷やし中華スタイルの冷たい煮干しラーメン、冬はより濃厚な煮干しラーメンと、季節によって楽しみ方が変わります
有名店の紹介
たかはし中華そば店 – 濃厚煮干しの元祖

弘前市に位置する「たかはし中華そば店」は、津軽ラーメン、特に濃厚煮干し系ラーメンの元祖とも言われる名店です。1982年創業以来、地元民のみならず全国からファンが訪れる人気店となっています。
スープは煮干しをメインに4~5時間も煮込んで作られており、見た目からも煮干しの粉末が見え隠れするほど濃厚です。中太のちぢれ麺は自家製で、小麦の香りが豊かな麺とバランスの良い一杯を提供しています。
店の特徴として、煮干しの濃厚さがありながらも、臭みやえぐみがなく、煮干しラーメンが苦手な方からも高評価を得ているという点が挙げられます。まさに「煮干しラーメンってこんなに美味しかったのか!」と多くの人を虜にしてきた店です。
店舗情報
- 住所:青森県弘前市大字撫牛子1丁目3-6
- 電話番号: 0172-34-8348
- 営業時間:11時〜16時
- 定休日:水曜日
長尾中華そば – 津軽ラーメンを全国に広めた功労者

青森市に本店を構える「長尾中華そば」は、津軽ラーメンを全国に広めた功労店として知られています。現在、青森県内に複数店舗を展開し、東京や仙台にも出店しています。
「こく煮干し」という人気メニューは、さまざまな煮干しをブレンドしたスープに鶏ガラと豚骨のスープを合わせた、コクと深みのある濃厚な味わいが特徴です。国産小麦を使用した無かんすいの麺を複数種類用意しており、お好みの麺を選ぶことができます。
店舗情報
- 住所:青森県青森市柳川1丁目2-3(青森駅前店)
- 電話番号: 017-773-3715
- 営業時間:7時〜21時
- 定休日:水曜日
くどうラーメン – 朝ラーメンの名店

青森市新町にある「くどうラーメン」は、朝8時から営業する朝ラーメンの名店です。平館産イワシの焼き干しにこだわり、頭と内臓を取ってから焼くことで、苦みや雑味が少ない上品な出汁を引き出しています。
自家製の細縮れ麺はもちっとした歯ごたえが特徴で、焼き干しや鶏ガラ、豚骨などで作る醤油味のスープはすっきりと澄んでいます。王道系の津軽ラーメンを代表する一杯として、幅広い層から愛されています。
自宅で楽しむ方法

本格的な津軽ラーメンの作り方(詳細レシピ)
自宅で本格的な津軽ラーメンを作るための詳細レシピをご紹介します。ここでは基本的な王道系と濃厚系の両方の作り方を解説します。
【王道系津軽ラーメン】2人前

<材料>
- 中華麺(細縮れ麺):2玉
- 煮干し:100g(頭と内臓を取り除いたもの)
- 鶏ガラ:1/2羽分または手羽元6本
- 豚バラ肉:100g
- 水:2.5リットル
- 濃口醤油:大さじ3
- みりん:大さじ1
- 酒:大さじ1
- 砂糖:小さじ1/2
- 塩:小さじ1/2
- 長ネギ(白い部分):1/2本
- チャーシュー:お好みで
- メンマ:お好みで
- 白髪ねぎ:少々
<作り方>
- 出汁を取る:
- 煮干しは頭と内臓を取り除き、サッと水で洗っておきます
- 鍋に水2.5リットルを入れ、煮干し、鶏ガラ、豚バラ肉を加えます
- 弱火〜中火で加熱し、沸騰する直前で火を弱めます
- アクをこまめに取りながら、1時間ほどじっくりと煮出します
- 火を止め、30分ほど置いて旨味を抽出します
- 布巾やキッチンペーパーで濾して澄んだ出汁を取ります
- タレを作る:
- 別の小鍋に濃口醤油、みりん、酒、砂糖を入れて火にかけます
- 沸騰したら火を止め、冷まします
- スープを作る:
- 出汁1.8リットルにタレ100mlを加えて混ぜます
- 塩で味を調えます
- 長ネギの白い部分を薄切りにして加え、弱火で10分ほど煮込みます
- 仕上げ:
- 中華麺を茹でます(表示時間より少し短めに)
- 丼にスープを入れ、茹でた麺を加えます
- チャーシュー、メンマ、白髪ねぎをトッピングして完成です
【濃厚煮干し系津軽ラーメン】2人前

<材料>
- 中華麺(中太縮れ麺):2玉
- 煮干し:150g(数種類をブレンド)
- 豚骨:300g
- 鶏ガラ:1羽分または手羽元8本
- 昆布:10cm×10cm
- 水:3リットル
- 濃口醤油:大さじ4
- みりん:大さじ2
- 酒:大さじ2
- 砂糖:小さじ1
- 塩:小さじ1
- ニンニク(すりおろし):1片
- 生姜(すりおろし):1片
- チャーシュー:お好みで
- メンマ:お好みで
- 長ネギ:1/2本
<作り方>
- 白湯スープを作る:
- 豚骨と鶏ガラは血合いをきれいに水洗いします
- 鍋に水2リットルを入れ、豚骨と鶏ガラを加えます
- 強火で沸騰させた後、アクを丁寧に取り除きます
- 弱火〜中火に落として蓋をし、3〜4時間煮込みます
- 途中で水が減ったら足しながら煮込みます
- 濾して白湯スープを取ります
- 煮干し出汁を作る:
- 別の鍋に水1リットルと昆布を入れ、30分ほど浸しておきます
- 弱火で温め、昆布を取り出します
- 煮干しを加えて弱火〜中火で30分煮出します
- 濾して煮干し出汁を取ります
- スープを合わせる:
- 白湯スープ1リットルと煮干し出汁500mlを合わせます
- 濃口醤油、みりん、酒、砂糖、塩、すりおろしニンニク、すりおろし生姜を加えます
- 弱火で15分ほど煮込み、味を馴染ませます
- 仕上げ:
- 中華麺を茹でます(表示時間通りに)
- 丼にスープを入れ、茹でた麺を加えます
- チャーシュー、メンマ、刻んだ長ネギをトッピングして完成です
本格的な津軽ラーメンを再現するためのコツ
自宅で津軽ラーメンを楽しむための重要なポイントをご紹介します:
- 良質な煮干しを選ぶ:できれば複数種類の煮干しを用意し、頭と内臓を取り除くと苦みが抑えられます。平館産のイワシの焼き干しが入手できれば理想的ですが、スーパーなどで売られている煮干しでも代用可能です。
- 煮干しの出汁の取り方:
- 煮干しは軽く水洗いして汚れを落としてから使用
- 冷水から煮干しを入れてゆっくり火にかけることで、旨味を最大限に引き出せます
- 沸騰直前で火を弱め、アクを取りながら30分ほど煮出します
- 濾して澄んだ出汁を取ります
- 白湯スープのコツ:
- 豚骨や鶏ガラは事前に血抜きをしっかり行うことが重要です
- 最初に強火で一度沸騰させてアクを取り除くと、きれいな白湯になります
- その後は弱火でコトコト長時間煮込むことで、濃厚な旨味を引き出せます
- スープのブレンド:
- 白湯と煮干し出汁は2:1程度の比率でブレンドするのがおすすめです
- 濃さはお好みで調整してください
- 麺の茹で加減:
- 王道系は少し柔らかめに、濃厚系はしっかりとした歯ごたえに茹でると、スープとの相性が良くなります
必要な材料と代用できるもの
スープの材料:
- 煮干し(数種類あると理想的)
- 鶏ガラ(手羽元などでも代用可)
- 豚骨(豚バラ肉でも代用可)
- 醤油(濃口醤油)
- 塩
- みりん
- 酒
- 砂糖(少量)
麺:
- 中太の縮れ麺(市販の中華麺でも可)
- 無かんすいの麺が入手できれば理想的
トッピング:
- チャーシュー(豚バラ肉を醤油ベースで煮込んだもの)
- メンマ
- 長ネギ(白髪ねぎにすると良い)
- 海苔
アレンジアイデア
自宅で楽しむ津軽ラーメンのアレンジアイデアをご紹介します:
- にぼろごはん:煮干しをフライパンで焦がさないように炒り、醤油と砂糖で味付けした「にぼろ」をご飯にかけて食べる津軽ラーメン店の定番サイドメニュー
- 焼きおにぎりラーメン:焼きおにぎりをスープに浸して食べる地元スタイル
- 野菜たっぷり津軽ラーメン:もやしやほうれん草、コーンなどの野菜をトッピングして栄養バランスを整えた一品
- 辛味噌津軽ラーメン:煮干しスープに辛味噌を加えて、冬にぴったりの体が温まるアレンジ

青森津軽ラーメンの豆知識
青森県民のラーメン愛
青森県はインスタントラーメンの消費量が全国トップクラスと言われています。2016年時点で10年連続、インスタントラーメン消費量第1位を記録していたという調査結果もあり、県民のラーメン好きがうかがえます。
「ニボラー」文化の先駆け
「ニボラー」(煮干しラーメン愛好家)という言葉が生まれるほど、近年煮干しラーメンが注目されていますが、その火付け役となったのが津軽の煮干しラーメンです。特に「たかはし中華そば店」は「激にぼラーメン」として煮干しの味と香りを強く押し出した「濃厚煮干し系」を確立した店として知られています。
焼き干しと煮干しの違い
津軽ラーメンでは「焼き干し」と「煮干し」の両方が使われますが、その違いをご存知でしょうか?
- 焼き干し:イワシを一度焼いてから乾燥させたもの。香ばしさが特徴で、青森の陸奥湾で獲れるイワシを使った平館産の焼き干しが有名です。
- 煮干し:イワシなどの魚を茹でてから乾燥させたもの。一般的な出汁用の素材として全国で使われています。
津軽では古くから焼き干しの文化があり、それが津軽ラーメンの独特の風味につながっています。
比較:他の煮干しラーメンとの違い
全国には様々な煮干しラーメンがありますが、津軽ラーメンの特徴は以下の点にあります:
- 焼き干しの使用:他地域では主に煮干しを使うのに対し、津軽では伝統的に焼き干しも使われています。
- 醤油味ベース:基本的に醤油味をベースとしています。
- シンプルなトッピング:具材をシンプルにすることで、煮干しの風味を活かしています。
- 麺の多様性:細麺から中太麺、手打ち麺まで多様な麺が使われています。
青森津軽ラーメンまとめ

津軽ラーメンの魅力再確認
津軽ラーメンは、古い歴史と地域の食文化に育まれた青森県のソウルフードです。煮干しや焼き干しを贅沢に使った深い味わいのスープ、地元の食材にこだわった麺、そしてシンプルながらも職人の技が光るトッピングの数々。これらが織りなす一杯は、単なるラーメンを超えた津軽の誇りとも言えるでしょう。
王道系のすっきりとした味わいから、濃厚煮干し系の強烈なインパクトまで、多様な味わいを楽しめるのも津軽ラーメンの魅力です。青森を訪れた際には、ぜひ複数の店を訪ね歩き、それぞれの店の個性を味わってみてください。
自宅で試してみることの提案
この記事でご紹介した津軽ラーメンの特徴や作り方を参考に、ぜひご自宅でも津軽ラーメンを作ってみてはいかがでしょうか。本格的な煮干し出汁を取る工程は少し手間がかかりますが、その分得られる満足感は格別です。
青森の寒い冬の朝に食べられている「朝ラーメン」の習慣を取り入れてみるのも、新たな朝食のスタイルとして楽しめるかもしれません。
津軽ラーメンの未来
今や全国区の人気を誇る津軽ラーメンですが、その進化は今もなお続いています。伝統を守りながらも新たな食材や技術を取り入れ、さらに多くの人々に愛されるラーメンへと発展していくことでしょう。津軽ラーメンの奥深い世界を知れば知るほど、その魅力にますます引き込まれていくはずです。
青森の煮干し文化と共に育まれてきた津軽ラーメンの旨味と香りを、ぜひあなたも体験してみてください。きっと忘れられない一杯との出会いがあるはずです。