秋田県北部の山間に根付く、知る人ぞ知るご当地ラーメン「北秋田馬肉ラーメン」。全国的にも珍しい馬肉をチャーシューに使用したこのラーメンは、北秋田地域で長年愛され続けてきた伝統の味です。一般的な豚骨や鶏ガラとは一線を画す、独特の風味と深いコクが特徴のこのラーメンには、厳しい北国の風土で培われた食文化の歴史が込められています。
この記事のもくじ
1. 歴史と起源

馬肉食文化のルーツ
北秋田地域の馬肉食文化は、古くからこの地で農作業や運搬に欠かせない存在だった馬との深い関わりから生まれました。戦前から戦後にかけて、タンパク質不足を補う貴重な栄養源として、馬肉は地域住民の食生活を支えてきました。
ラーメンとの出会い

昭和20年代(1945年頃)、二ツ井町(現在の能代市)に創業した曙食堂が、この伝統的な馬肉をラーメンのチャーシューとして使用したことが、北秋田馬肉ラーメンの始まりとされています。当時の店主が地元で親しまれていた馬肉を活用し、他では味わえない独自のラーメンを生み出したのです。
時代による変遷
戦後復興期から高度経済成長期にかけて、北秋田地域では林業が盛んで、重労働に従事する労働者たちにとって、栄養価の高い馬肉ラーメンは理想的な食事でした。1960年代以降、自動車の普及で馬の需要は減少しましたが、食文化としての馬肉は地域に根強く残り、ラーメンという形で次世代に受け継がれていきました。
現代への継承
平成の時代に入ると、ご当地グルメブームの中で北秋田馬肉ラーメンも注目を集めるようになりました。2019年にはテレビ番組「ケンミンSHOW」でも紹介され、全国から多くの食通が訪れるようになっています。
2. 基本的な特徴

スープの特徴
スープは、馬肉から取れる独特のダシが最大の特徴です。豚骨や鶏ガラスープとは全く異なる、野性味あふれる深いコクを持ちながら、意外にもあっさりとした飲み口を実現しています。
- 出汁の構成: 馬骨と馬肉を長時間煮込んだベースに、煮干し、昆布、鰹節を加えた複合ダシ
- 煮込み時間: 馬骨は最低8時間、店によっては12時間以上じっくりと煮込む
- 味の特徴: 獣臭さを感じさせない上品な旨味と、ほのかな甘みが調和
- 色合い: やや濁りのある淡褐色から白濁系まで店舗により異なる
麺の特徴
- 太さ: 細麺から中細麺が主流(太さ1.2~1.8mm)
- 形状: 軽いちぢれを持つ手揉み風の麺
- 食感: 低加水でコシが強く、スープとの絡みが良い
- 製法: 地元製麺所の手作り麺を使用する店が多い
特徴的なトッピング

馬肉チャーシュー
- 豚チャーシューよりも赤身が多く、引き締まった食感
- 醤油ベースの秘伝のタレで味付け
- 噛むほどに馬肉特有の旨味が口に広がる
その他の具材
- メンマ(筍の漬物)
- 青ネギ(地元産の白神ネギを使用する店も)
- ナルト(店によってはかまぼこ)
- 麸(フ):一部の店舗で秋田らしい具材として使用
提供方法の特徴
昔ながらの中華丼に盛られることが多く、素朴な雰囲気を演出しています。スープの温度は比較的高温で提供され、馬肉の脂が固まらないよう工夫されています。
3. 地元での食べ方とマナー
地元民が好む食べ方
スープの味変技術 地元の常連客は、卓上に置かれた酢を少量加えてスープの味を調整します。酢を加えることで馬肉の臭みが抑えられ、さっぱりとした味わいになります。
麺の食べ方 細麺のため、のびやすいのが特徴です。地元民は提供後すぐに食べ始め、まず麺の食感を楽しんでからスープを味わう順序を好みます。
先ずスープを一口。ほー。ほんのり甘さを感じる不思議な味です。馬肉から出た旨みと、フワッと煮干しが優しく薫る素朴な味わいです。独特で何か美味い!
麺は、加水率が低めのホクホクした軽やかな細縮れ麺です。伸びやすそうな麺なので急いで啜ります。この麺なまら美味ーい!結構な量が入っています。
そして馬肉が沢山乗っています。噛み応えのある独特なお肉は、野性味あふれる味わいです。麺と一緒にモグモグ美味い!
途中で、お店の方に説明された卓上の酢とラー油を垂らして味変!刺激が加わって美味い!
特別なオーダー方法
- 麺の硬さ指定: 「普通」「かた」の2段階で指定可能
- スープの濃さ: 「あっさり」「こってり」から選択
- チャーシュー増し: 馬肉チャーシューの追加オーダーが人気
時間帯による楽しみ方
朝ラーメン文化 秋田県は全国でも珍しい「朝ラーメン」文化があり、朝食として親しまれています。特に重労働に従事する人々にとって、朝の栄養補給として重宝されています。
昼食時の楽しみ方 観光客は主に昼食時に訪れますが、地元民は仕事の合間の軽食としても利用します。
4. 名店巡り:北秋田馬肉ラーメンの聖地を訪ねて
曙食堂(あけぼのしょくどう)

創業75年の老舗中の老舗
北秋田馬肉ラーメンの発祥店として知られる曙食堂は、昭和24年(1949年)創業の歴史ある店舗です。細長いカウンター席のみの店内は、常に地元客と観光客で賑わっています。
店舗情報
- 住所: 秋田県能代市二ツ井町三千苅5-38
- 電話番号: 0185-73-2801
- 営業時間: 11:00~14:00(売り切れ次第終了)
- 定休日: 火曜日・金曜日
特徴: 馬肉チャーシューの味付けに秘伝のタレを使用し、スープは煮干しの風味が効いた優しい味わい。ユーミン(松任谷由実)も訪れたことで知られる名店。
大館能代空港レストランポートワン

空港で味わえる北秋田グルメ
大館能代空港内にあるレストランで、旅行者でも気軽に北秋田の馬肉ラーメンを体験できます。
店舗情報
- 住所: 秋田県北秋田市脇神字小ケ田中108-1(あきた北空港内)
- 電話番号: 0186-62-8989
- 営業時間: 11:00~18:00
- 定休日: 不定休
特徴: 比内地鶏や桃豚などの北秋田エリアのご当地料理と合わせて馬肉ラーメンも提供。

自宅で楽しむ北秋田馬肉ラーメンの再現レシピ
基本のスープ作り
材料(4人分)
- 馬肉(スネ肉) 300g
- 馬骨(入手困難な場合は豚骨で代用) 500g
- 煮干し 30g
- 昆布 10g
- 鰹節 20g
- 醤油 大さじ4
- 味噌 大さじ2
- 酒 大さじ2
作り方
- 馬骨を一度茹でこぼし、あくを取り除く
- 清水と馬骨を鍋に入れ、8時間以上じっくり煮込む
- 最後の1時間で煮干し、昆布、鰹節を加える
- 馬肉は別鍋で醤油、酒と共に煮込みチャーシューを作る
- スープに調味料を加えて味を調整
本格的な味を再現するコツ
- 馬肉の臭み取り: 下茹でする際に生姜と酒を加える
- スープの澄まし方: 火力を弱火に保ち、沸騰させすぎない
- チャーシューの味付け: 一晩以上タレに漬け込む
必要な材料と代用方法
馬肉が入手困難な地域では、以下で代用可能:
- 牛すね肉: 最も近い味わいを再現
- 鹿肉: ジビエ感を演出
- 豚ロース: 一般的な代用法
アレンジアイデア
- 野菜増し: 白神ネギや地元野菜を大盛りで
- 辛味アレンジ: 一味唐辛子や山椒で刺激をプラス
- つけ麺風: 濃厚スープでつけ麺としても楽しめる

6. 豆知識
馬肉ラーメンの栄養価
馬肉は豚肉や牛肉と比較して、高タンパク・低脂肪・低カロリーの優秀な食材です。
- タンパク質: 豚肉の約1.5倍
- 脂肪分: 豚肉の約1/3
- 鉄分: 牛肉の約3倍
他地域の馬肉ラーメンとの違い
山形県長井市の馬肉ラーメン
- より濃厚な味噌ベース
- チャーシューではなく、細切りの馬肉を使用
熊本県の馬肉文化
- 馬刺しが中心で、ラーメンへの応用は少ない
- より生食文化が発達
面白いエピソード
競馬関係者の聖地巡礼:競馬ファンの間では、重賞レース前にゲン担ぎとして曙食堂を訪れる人が多いという都市伝説があります。
芸能人の訪問歴:松任谷由実をはじめ、多くの著名人が曙食堂を訪れており、店内には色紙が飾られています
地域経済への貢献
北秋田馬肉ラーメンの人気により、年間約5,000人の観光客が北秋田地域を訪れ、地域経済活性化に貢献しています。
7. 北秋田馬肉ラーメンの魅力を支える地域文化

白神山地の恵み
北秋田地域は世界自然遺産・白神山地の恵みを受けた清らかな水資源に恵まれており、この水がスープの味わいに深く関わっています。
森吉山の四季
日本三大樹氷観賞地の一つ、森吉山の厳しい自然環境が、保存食文化としての馬肉食を発達させました。
伝統工芸との関わり
秋田杉の箸や器で馬肉ラーメンを味わうことで、より一層の地域文化を感じることができます。
8. まとめ

北秋田馬肉ラーメンは、単なるご当地グルメを超えた、地域の歴史と文化が凝縮された郷土料理です。厳しい北国の風土で培われた知恵と工夫、そして何世代にもわたって受け継がれてきた職人の技が生み出す、他では決して味わえない特別な一杯。
馬肉特有の深いコクと優しい甘み、煮干しの風味が調和したスープは、一度味わえば忘れられない印象を残します。秋田を訪れた際は、ぜひこの隠れた名物を体験し、北秋田の豊かな食文化に触れてみてください。
あなたも北秋田馬肉ラーメンを体験してみませんか?
この記事を読んで興味を持たれた方は、まずは自宅での再現レシピに挑戦してみてください。そして機会があれば、ぜひ現地を訪れて本場の味を堪能することをお勧めします。北秋田の美しい自然と温かい人々の心遣いとともに味わう馬肉ラーメンは、きっと特別な思い出となることでしょう。